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2009年5月2日土曜日

テレビの嘘を見破る (新潮新書)

ドキュメンタリー制作に関する雑感を書いたもの

題名に偽りあり、というのが、このレビューでいちばん伝えたいことです。

TV全体ではなく、ドキュメンタリーだけが対象です。
また、制作者の論理だけが語られています。ドキュメンタリーの制作に関わってきた著者が、自身の制作の経験や、自身が視聴した作品について、そこで用いられた手法を解説しています。それに加えて、後半では、制作者の側でなされてきた、これまでの議論を並べ立てています。いずれも制作者の言い分であって、視聴者の言い分はひどく軽視されています。

結論でいきなり「メディアリテラシーを身に付けろ」とか言い出すあたりに、テレビ屋の高慢さを感じないでおれません。

『ドキュメンタリー制作者の言い分』というタイトルだったら、まだ納得づくで読めたように思います。

タイトルに期待するも、結局は制作者側の論理で...

過去に放映されたドキュメンタリー番組や映画などを例に、やらせ、捏造や誇張などの実例を挙げ、これらに対する様々な考え方を紹介した書。比較的平易な言葉で書かれており、多くの読者が理解可能。

『テレビの嘘を見破る』というタイトルから、これまでに知られていない手口などを紹介しているかと期待したのだが、挙げられている例は大々的に問題となったものや、非常に古いものがほとんどで、意外性に欠ける。また、このタイトルから、著者は視聴者側の立場で制作者側を糾弾するかのように予想されるが、最終的には『作り手の自由』、また資本主義の原理には逆らえないとする、つまり作り手側の論理ともとれる立場で主張しているように感じた。また、結局はメディア・リテラシー、つまり『視聴者の見る目を養え』というありきたりの結論に達しており、他の書と比較しても優れているようには感じなかった。

一応、作り手の自由にもルールが必要とは述べているが、『事実に忠実である』というルールにしても、作り手の主観にまかされるのでは意味がないように感じる。例えば、某テレビ局が『南京大虐殺はあった』という結論ありきで証拠を集めた場合、結論に合致していると思われるものは信憑性が乏しくても採用され、不利なものは除外し、かつ制作者は『事実に忠実である』と思い込んでいるに違いない。つまり、著者の述べる方法は一見正論のように聞こえるが、制作者側のモラルによってどうにでもなってしまうと思われる。現に、ドキュメンタリーかバラエティーかを曖昧にする言い逃れをしたり(元々これらに境界はないのだが)、前世思想や予言を増長させる番組がのうのうと放送されている。たとえバラエティーであって、制作者が注釈をつけようとも、前世や死後の世界、生まれ変わりを信じて自殺者が出るほど、映像の影響力は強い。

著者の策であれば、結局は視聴者自身に責任を委ねているのだが、最も影響力の強いテレビ側が、論理的思考を正しく学び、主観的な立場のみに依拠する政策手法を改善しない限り、騙される視聴者が後を絶つはずがない。したがって、本書は、テレビの放送内容を鵜呑みにしている一部の視聴者には、メディア・リテラシーを考える入門書にはなるかもしれないが、既に他の書を読んでいる者にとっては物足りないと感じるはずである。で、星3つの評価。

10 年をかけてなお整理されていない 「やらせ」 問題の論点

著者は「やらせ」の問題と必死にとりくみ,10 年をかけて結論をだした.すなわち,現場で撮ったナマの映像だけでは明確なメッセージをつたえることはできない.「伝えたいことがあれば,そのために考えられるありとあらゆる最善の方法を考える,というのが作り手の原点です.ただそれだけが,作り手の原点だと思い定めること.それしかないのではないか,というのが,私の現在です.」 10 年をかけたというが,まだ受け手を十分に説得できる論理はそこにはない.

しかし,もうすこし説得的にするためのヒントはあるのではないかとおもう.そもそもテレビは現実をすべてつたえることはできない.現実の一部を画面にきりとってつたえることができるだけであり,その時点ですでに,著者がくりかえし書いている「ありのままの事実」をつたえることなど不可能である. 著者はこの点を指摘していない.

著者が指摘している重要な点のひとつは,取材することによって取材される側に影響をあたえてしまうこと,たとえばカメラでうつされたひとがいつのまにかカメラを意識して演技してしまうということである.著者はまた,映像をただしくうけとるためには受け手がリテラシーを身につけている必要があるが,現在の日本ではそれがカリキュラムにとりいれられていない点を指摘している.著者はほかにもさまざまな重要な指摘をしているが,惜しまれるのはそれが整理されていないため,おおくの読者にはみのがされてしまうだろうということである.

「やらせの現場から」が正しいタイトル

ドキュメンタリー番組の制作に数多く携わった著者ならではの、
実際にやらせドキュメンタリーが作成される過程、
それに対する視聴者の反応や局の対応など、興味深い実例が紹介されている。
「やらせの現場」を垣間見ることができるという点で、貴重な作品であると思う。

反面、どこまでが「演出(=許される)」でどこまでが「やらせ、捏造(=許されない)」かの分水嶺については、
「後の宿題に…」と散々引っ張られた挙句、結局著者の見解が示されていない。
過去の議論の内容についても、数人の制作側の人物の私見を紹介するのみで、片面的である感が否めない。

結局何を言いたかったのかわからない、思いついたことを順番に書いたというタイプの作品であるといわざるを得ない。
作者は映像を生業としてきた者で、文章家ではないので、致し方ない部分もあるのかもしれないが・・・。

普通の視聴者と制作者の感覚の違いがわかる

本書は「テレビの嘘を見破る」という題名だが、実際には「ドキュメンタリー番組の"やらせ"や"演出"を検証する」内容である。つまり、ドキ
ュメンタリー以外の番組(ニュースやワイドショーなど)の検証は一切行われていない。本書の購入を検討されている方は、その点を十分踏ま
えて頂きたい。

本書の著者は、ドキュメンタリーを中心に番組制作を行うテレビマンユニオン社の番組制作者(取締役)だが、一般の視聴者と、ドキュメンタ
リー番組の制作者の間には、認識にも、意識にも、大きな隔たりがあるように感じられた。つまり、本書では、様々な"やらせ"や"演出"を取り
上げた上で、それらをドキュメンタリー番組に用いることの是非を議論しているのだが、本書の著者は、ほとんどの事項に関し、「ドキュメン
タリー番組としては許される範囲」と位置付けているのである。したがって、本書を読んでも、「どのような"やらせ"や"演出"が問題になるの
か」、「問題になる範囲と、ならない範囲の境界線はどこにあるのか」といったことを理解することはできない。

加えて、制作者側の一方的な論理に立っているため、視聴者にとってどのような番組が適切といえるのか、不明確極まりない。また、本書で取
り上げている事例の多くは、5年以上前に制作されたものであり、情報の古さを感じるものだった。